感情を出したほうが好かれる[加藤諦三]

「先輩の話を聞け。」

そんな言葉があります。

年長者だからといってすべての人間が尊敬できるわけではありませんが、それでも真剣に人生を考え抜き、真剣に人生を生き抜いている人の話はとてもためになります。

本日紹介する、加藤諦三さんの「感情を出したほうが好かれる」という本も、本を読んでいるという感覚ではなく、年長者の、ためになる話を聞いているという気持ちになります。

感情を出したほうが好かれるとタイトルにありますが、この本で出てくる話は、「明るく生きよう」なんていう軽い話ではなく、人間の本質を突く話です。

人生を真剣に生き抜いているからこそ出てくる話に、自分の人生を重ね合わせながら読み進めると、時間を忘れて没頭している自分に気がつきました。

今日は、本書からいくつか抜粋してあなたに紹介します。

 

抜粋です

真面目で仕事熱心の適応過剰な病前正確は自然の気力ではなく、不安のしからしめた性格であり、その本質はアパシー(無気力)である。それだけに本人はつらい。いつも自分に鞭打って仕事や勉強をしているのである。

もともと気力があったり、興味があったりして真面目に仕事や勉強をしているのなら、つらいことはない。しかし自然の気力も、興味も何もない。あるのは無気力だけである。それにもかかわらず人一倍仕事や勉強をする。

本人にとって、内面の不安は鞭である

~~途中省略~~

不安という鞭がその人をひっぱたいて仕事や勉強に駆り立ててきた。しかし限界にきて、もはや不安という鞭もきかなくなった。それがアパシーという挫折現象であろう。

学生時代を思い出していました。

周りから1年遅れでコンピュータの専門学校に入学した頃、私はまさにこの状態に陥っていました。

プログラミング技術を用いて、作りたいものを作るということをしていたのではなく、将来生きていくために、

●資格を取らなければならない

●技術を磨かなければならない。

●とにかく良い成績を取らなければならない

●周りから凄いと思われるために、あれもこれもしなければならない

決して前向きな動機ではなく、押しつぶされそうな不安を払拭するために、「なければならない」という義務感で生きていました。

仕事や勉強をしなければならないという動機より、「したい」という前向きな動機であれば、精神のバランスを崩さずに生きていけたのになと今更ながら思います。

このブログの読者であるあなたも、人間というのは「しなければならない」ではなく「したい」と考えている時、自然な気力が湧くのだということを覚えておいてください。

 

人生の重荷を背負うことから逃げてしまうと、どんなに善人で、どんなに努力してもどこかにおびえたところがでてしまう。善良に生きているのに、なんとなくびくびくしている人がいる。どこか自信がない。穏やかさもない。努力して優秀でも心は狭い。人望がない。

後ろめたさや、何かしらの感情を隠してしまうと、それが言動に出てしまうということですね。

自分の人生に正直に向き合い、自分の弱さを隠すのではなく、弱さと向き合う。

それが大事なんです。また、あとがきにこうあります。

生きることがつらい人は「人の強さ」「理想的な生き方」という意味を勘違いしている。自分の弱点を出せるということが「内面的強さ」を表しているということなのである。弱点のないことが強い人ではなくて、弱点が出てもその場で心理的に混乱しないということが強い人なのである

こうやって本書と一対一で対峙していると、やはり私の弱さやコンプレックスは、人生の修羅場から逃げていたということからきているとわかりました。

本気の努力せずに結果も出ないと必ず後悔が残ります!

過去の弱い自分を総括し、見たくない弱い部分を見つめなおし、将来笑って弱点をさらせるような人間になりたいものです。

感情を出したほうが好かれる [ 加藤諦三 ]

感想(3件)

 

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