どこにでもいる普通の顔と言いたくなる、一つの強烈な個性

エッセイ.どこにでもいる普通の顔と言いたくなる、一つの強烈な個性

僕は高校生の頃、今より30キロも痩せていた。

その頃に撮影した、クラスの集合写真を知り合いの女の子に見せるのがマイブームだ。

このマイブームはもう2ヶ月ほど続いており、もはや過去の写真をこれみよがしに押しつけてくる妖怪である。

集合写真を取り出すと、そこから高校時代の僕を見つけるためのタイムアタックが始まるのだが、今まではYさんが2.5秒ほどで見つけたのが最速だった。

しかし先日、Nさんが1秒足らずで僕を見つけてくれた。

現在、一番可愛いと思っているNさんに最速に見つけてもらえて、僕は本当にうれしかった。両思いなのかもしれないという淡い期待さえ抱いた。

この後どんな一言が待っているのだろう?

僕は期待した。

「あ~、どこにでもいる顔ですねぇ~」

僕は撃たれた。

Nさんは「一瞬」で見つけた高校生の頃の僕を、「どこにでもいる顔」と表現したのだ。

「上げるだけ上げといて、固いマットに突き落とす。まるで筋肉ドライバーだな…」

そう頭の中でつぶやき、10秒ほど心の出血が止まらなかったが、実はこれは人生で初めての痛みではないことに気がついた。

中学生の頃、これと同じ痛みを感じたことがある。

ある授業中、たしか国語の時間だったと思うが、左斜め前に座っているテニス部のイケメンエースが唐突に僕の方を振り返り

「ホンマにふっつうの顔してんなぁ~」

と言ってきたことがある。

突然のことに動揺しながらも、授業中なので聞こえてないふりをしていると、そのテニス部のエースは

「ホンマにふっつうの顔してんなぁ~」

となぜか同じ台詞をもう一度吐き、黒板の方を向き直した。

僕は困惑した。

今の台詞は一体なんだったのかと、すごく悩んだ。

しかし、テニス部のエースと卓球部のエースとでは、宇宙と宇宙の塵ほどの力差がある。

結局、なぜそんな台詞を吐いたのか、僕は聞けずじまいだった。

しかし、今回のNさんの一言ですべてが繋がった気がする。

僕は、どこにでもいる普通の顔とついつい言ってしまいたくなる、一つの強烈な個性なのかもしれない…

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