昔は賢い人間になりたかった。今は力のある人間になりたい

エッセイ.昔は賢い人間になりたかった。今は力のある人間になりたい。

僕はアホだ

昔から、アホだと言われるのが苦痛だった。

取り柄がなかったからかもしれない。

人それぞれ、容姿が優れていたり、スポーツ万能だったりと、何かしら自尊心を満たすものがあれば、少しアホなくらいで自尊心は傷つかないのかもしれないが、そういった取り柄がない僕は、アホだとレッテルを貼られることに、気が狂うくらいの劣等感を感じていた。

それなのに学歴で武装することに失敗した僕は、読書で知識を蓄えることによって、自分を武装しようと試みた。

それは、「賢くなりたい」と強く願ってのことだった。

しかし、読書を続けるにつれて、このところ想定外の自分になってきている。

様々な人間、様々な生き方、様々な思考に触れることによって、10年前より圧倒的に賢く成長した僕は、それに反比例するように、以前ほど自分がアホだと思われても気にならなくなってきたのだ。

今の僕は、賢い人間になりたいのではなく、力のある人間になりたい。

僕には、力が足りないのだ!

力が欲しい

賢い人間の定義は人によって異なるが、最も一般的なのは、やはり「学力」の高い人間のことだ。

学ぶ力がある人間は、世の中の幅広い知識を、より深いレベルで理解することができるだろう。

しかし、その力だけあれば生きていけるのか?と問われると、そうではないことは、あなただって気がついているはずだ。

僕は人間には、様々な力が備わっていることを感じ取った。

今日は、僕が気がついた力を紹介したいと思う。

知識力

知識力。こう書くと、知識が豊富であることが知識力だと思われるかもしれないし、それは学力に近いものだと感じられるかもしれないが、ここでいう知識力とはそんな意味ではない。

僕が考えた知識力の定義は、「適切な場面で、適切な知識を引き出し、問題を解決することができる能力」のことだ。

どれだけ知識が豊富であろうが、それを使いこなせないのであれば、生きた知恵とはならない。

世の中で出くわす色々な場面で、常に適切な知識を元に問題に取り組むことができれば、僕らの現状はきっと好転するだろう。

行動力

あなたは、行動の結果返ってくるものをみて、「成功」や「失敗」だと捉えていないだろうか?

行動の結果返ってくるものは皆、パズルの1ピースだという考え方がある。

何かしらの行動の結果、どれだけ辛い経験をしても、それは人生という名のパズルを完成させるためには、必ず必要な1ピースだ。

それがわかれば、後は目標に向かって大量に行動を起こすのみである。

少ししか行動を起こさないと、僕らは人生の終わりに、小さなパズルしか完成していなかったことを後悔するだろう。

大量に行動を起こすことによって、時にはかっこ悪く生きることが、人生の成功につながると、僕は確信している。

決断力

自分が立ち止まっていることを、世の中は気にかけてくれやしない。

誰だって自分が世界の中心だが、そういった人たちが集まってできた社会は、誰が動かしているのかわからないが、僕らの知らないところで自分勝手に動き始め、僕やあなたに選択を迫る。

  • 進学するのか、就職するのか。
  • 挑戦するのか、守りに入るのか。

ぐずぐずしていると、どちらも選択できないまま、時間ばかりが過ぎ去ってしまう。

そうならないために、自分の責任で決断を下さなければならない。

一度決断を下したならば、特別な理由がない限り、その決断を信じて前に進まなければならないのだ。

努力

努力。

僕はこの言葉が大嫌いだった。

自分は努力したつもりでも、他人と比較されて「まだまだ努力が足りない」と言われるのが不愉快で仕方がなかった。

この容姿ではオシャレに5万も10万も使いたくないし、この運動神経で真面目に運動しろっていうほうが無理がある。

昔は、そんなスレたことばかり考える子どもだった。

しかし、「努める」という言葉を辞書で調べてからは、今までの自分を恥じている。

努めるという言葉は、「力を尽くす」という意味であり、努力とはすなわち、「力を尽くす力」のことだったのだと、僕の頭の中で再定義されたからだ。

足が遅くてもいい、容姿が悪くてもいい。もちろんアホでもいい。

とにかく自分が持ちうるすべての力を注ぎ、結果を待つようにしなければ、人生に後悔が残るのだ。

あの時ああしていればという後悔は、往々にして、「今、力を尽くしていない」ことに起因する後悔だ。

辛抱力

今僕はこうやって文章を書いている。

読者数は、毎日数十人だし、その数十人の中にはお母さんも含まれている(笑)

そんな状況がしばらく続いているのだが、広大なウェブの世界で自分を見つけてもらおうと思ったら、生みの苦しみに耐えなければならない。

読んでもらえるかどうかわからない状況下でも、僕は黙々と書き続けなければならない。

いつか必ず誰かに認めてもらえることを期待して、可愛い赤子を抱きかかえるように、今日も僕は辛さを抱きかかえる。

怒力

最後に。怒る力と書いて、怒力。

僕の造語だ。

「決して現状を受け入れず、じたばたと、もがき苦しむ力」と定義している。

「就職活動のシステムが完璧だとは思わないが、つべこべ言わずに受け入れようや!」

僕が20代前半の頃、要領の良い友人たちは、こんなことを言っていた。

しかし、そうして少しずつ妥協していった結果が、日本の歪になり、ひいては自殺率の上昇や国力低下につながると、僕は日々怒っている。

別に就職活動だけの話ではない。

変われない社会に怒り、問題意識を持たない人に怒り、周囲の人間にも怒っている。

しかし、一番許せない人間がいる。

それは、「僕自身」だ。

僕の強い意志に反して、僕は現状あまりにも無力であり、そんな自分に絶望している。辟易している。もう怒りを通り越してウンザリだ。

しかし僕は、決して現状を受け入れない。

少しでも世の中を変えるために、僕は決して現状を受け入れず、じたばたと、もがき苦しみ続けるつもりだ。

以上だ。少し文章が臭すぎたが、これは「中2力」とでも名付けることにする。

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