批判する人は神だと思え!意識を極限に高めた上で、周りからボコボコにされよう

主体的な人生を送ることを決めたすべての人に送る、圧倒的な自己成長論

 

「自分がなりたい自分を目指す。」

たとえ実現する可能性が低くとも、主体的に行動を起こし、目標に向かって邁進する。僕はそのような人生こそが、すべての人間が目指すべき素晴らしい人生だと思っています。

しかし、そんな主体的な人間のことを待ってましたと言わんばかりに挫いてこようとする、反応的な人間もいます。

  • お前には無理だよ
  • 現実を見ようよ
  • 突っ込みどころがありすぎだよ!

…本当は、君のことを思って言ってるんだからね^v^  ^v^  ^v^  ^v^

そのようなことをいう彼らは、本当に”君”のことを思って言っているのでしょうか?他者を否定しないと、自分達が立っていられなくなるだけかもしれません。

そのような意見で主体的な人間の意識を引き摺り下ろし、自分が安心したいときだってあるでしょう。

今日は、批判や悪口で引き摺り下ろされそうになっているあなたに、僕が普段実践している3つの考え方を伝えます。「様々な批判をすでに受けている人」「またはこれから進む先には必ず批判が待ち構えているであろう人」にとって有益な、自分を強く保つ考え方です。

考え方その1.意識は極限まで高めるのが正解

  • 意識が高い

この言葉は最近では、頑張ってはいるがイマイチ成果が出ない人間を揶揄する意味でも使われ始めており、あまり良い印象の言葉ではなくなってきています。しかし、僕は「意識は極限まで高めるのが正解」という持論を持っています。

どういうことか?下図をみてください。

例えば僕が自分の意識を究極的に高め、「僕はブッダの生まれ変わりのような人間」だと自負し、それを公言したしましょう。批判者がよほどのアホでなければ、必ず指摘が入ります。

「そんなこと言うけど、ヤマダ!お前は仏教のこと何も分かってないじゃないかー!!」

…正当な批判です。たしかに僕は仏教のことを何もわかっていないので、ギクリとします。しかし、だからと言って彼らが言うところまで自分の意識を落としてはいけません。逆です。

自分が掲げた意識に到達するために、極限まで高めた意識に追いつくために、仏教の勉強を始めるのです。意識と現実を埋め合わせるために仏教の勉強を始める。そうすることによって、自分が一段高いところまで成長します。

そして、いよいよ仏教に詳しくなった際、僕が再度、「僕はブッダの生まれ変わりのような人間」だと自負し、それを公言したとしましょう。しかし、そこでも批判者はこう指摘するでしょう。

「たしかにヤマダは誰よりも仏教が詳しいかもしれない。でもな。お前はその知識でどれほどの人々を救ってきたのか?ただの頭でっかちがブッダの生まれ変わりだなんて、笑わせてくれるな!!」

…正当な批判です。。たしかに僕は誰も救っていないので、人々を救う旅に出るかもしれません。

そうやって批判を取り入れ、意識と現実を埋め合わせていくと、人は加速度的に成長する。そしてどれだけ成長できるかの上限は、その人がどれだけ意識を高めたかによって決まるのです。

僕はそう考えています。批判は苦しみではなく、自分を高めるチャンスなのです!批判者に心からありがとうと思える心を持つことが、人間力につながるのです。

考え方その2.批判を機械的に処理する無敵のフレームワーク

そうは言っても、誰にとっても批判は受け入れ難いものです。自分が批判する側であった時は軽い気持ちで発言していたのに、自分が批判される側に回ってしまったら、少しの批判でも動揺を隠せません。

  • なぜ、そんなことを言われなければならないのか…
  • どうにかして言い返してやらないと

心の中に汚い渦が巻いてしまい、頭の中で同じ批判を100回も200回も繰り返してしまう始末。そんな状態にならないために、僕はここ数年、批判を受けた時の対応を、一つのフローチャートにして整理しています。

まず第一に批判を受けた時、「なぜそんなことをいうのだろうか…」と考えるのは時間の無駄です。批判が癖になっている人間はどこにでもいるし、たまたま機嫌が悪かった時にやり返してこない人間を選んで批判することだってあるでしょう。

本当にあなたのことを思って言うこともあれば、あなたを蹴落とそうと思って発言していることもあります。あなたを攻撃することによって、自分を守っているのかもしれません。

だから批判を受けた時は、その批判者が誰であろうとも「正当か不当か」だけを考えることにすればいいのです。もし、その批判が正当であれば、つべこべ言わずに自分のためになったと思って受け入れる。しかし、その時にわざわざ自分を責めたりなんかしない。

どうして自分を責めるんですか? 他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだからいいじゃないですか。

アインシュタイン

こんな言葉もあります。

僕やあなたが何かしらの行動を起こす場合、何かしらの目的があってのことだと思うので、「どうすれば目的をより上手に達成できるか?」を考え、「どうしてこんなことをしてしまったのか」という原因分析に偏らないことが大事なんです。

批判が正当な場合の対応は以上です。

次に批判が不当だった場合です。このとき、批判者が影響力のない人間だったなら、華麗にスルーすることをオススメします。その批判は悪口で偽装された賞賛だからです。

問題は、批判者に影響力がある場合です。この場合は良識のある上司や同僚、友人や知人に報告・相談をすることが必須になります。あなたが正しいのであれば守ってもらえるだろうし、ここで誰にも守ってもらえないようなら、批判が正当な可能性があります。

また批判が不当であっても、普段の行いが悪いと誰からも守ってもらえないでしょう。

以上が批判を受けた際の一連のフローです。批判に耐えられなくなった時は、ぜひ使用してください。

この批判を避けるフレームワークは、当サイトの別記事である

もう批判されても傷つかない。あなたの成功を助ける無敵の脳内フローチャート

でも詳しく紹介しているので、より深く知りたい方はこちらもどうぞ。

考え方その3.世界のほとんどはクソなアウトプットで出来ている。100分の1の法則

目的意識を掲げ、そこに向かって主体的な努力を始めた人間にとって、ほとんどの批判は意味のないものです。ですが、毎日毎日批判を受けていると本当に、”ウザイ”と感じます。

回避できる立場なら回避するのですが、それが”仲の良い友人”、”両親”、”上司”、など、自分ではコントロールできないものに囲まれていたらなおのこと、です。前述の批判を上手く避けるフレームワークを思い出していてもなお、イライラが募ることもあります。

僕はそんな時、「100分の1の法則」を意識します。

100分の1の法則とは何か?世の中の生産物が100個あれば、本当に素晴らしいものはその内1つぐらいしか存在しないという考え方です。

考えても見てください。

  • あなたが今まで読んだ本。
  • あなたが今まで見た映画。
  • あなたが今まで出会ってきた人物。

すべて、素晴らしいものと出会う確率など、100分の1程度ではなかったですか?そもそも世の中など、クソに囲まれた、臭い世界なのです。

ですから、批判であってもそのほとんどがクソなのが当たり前なのであり、批判が飛んできても「またウンコがウンコを生産しているなぁ…」ぐらいに思ってください。

世界の生産物のほとんどがクズだと認識すれば、ウンコ以外が飛んでこようものなら、「うわぁ!ウンコ以外が飛んできた!!ありがとうございまーす」と思えるようになります。

アウトプット力はアウトプット量で鍛える。100分の1の法則を思い出せ!

100分の1の法則について、詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。

まとめ

僕の今日の話は、あなたの心に響いたでしょうか?

上記の「意識は極限まで高めるのが正解」だという思考に、「批判を処理する脳内フローチャート」と「100分の1の法則」を組み合わせれば、あなたには自分を高める準備ができ、すべての批判を一挙に受け止めるだけの力が身についていることにはならないでしょうか?

  1. 意識を極限まで高め、批判=自分を高める言葉として自分の中に取り入れる。
  2. 批判を機械的に処理することによって、自分の心が傷つくのを防ぐ。
  3. 100分の1の法則で、クソ以外の批判が飛んできた事実に感謝する。

この3つをマスターすると、あなたは圧倒的に成長する準備ができたということです。最後にもう一つ紹介したい考え方があります。

この世界を数十億人が暮らす惑星だと考えるのではなく、数十億人の教師がひしめく巨大な教室だと考えましょう。この豊富な教師陣の中の多くの人から、わたしたちは日ごろ個人授業を受けているのです。

ただし、その人たちは、ふつうの人としてわたしたちの前に現れます。

そう、人類は皆自分に何かを教えてくれる教師です。自分が誰かにつつかれた時は、神様に「さぁ、あなたに気がついてほしいことがあるんだ!」とつつかれていると考えましょう!

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